海、いろの付箋

Pocket

受験会場へと私を運ぶ、どこかピリピリとしたJR車内。
手元の単語帳から顔をあげ、ふいに視線をながすとそこには、あおいみなもがしきりに陽光を反して拡がっていた。

部屋に閉じこもり、勉強して、寝る。
そんな変化もいろもない日々を過ごしていた私にとって、あの海はなにもかもがつまった存在にみえた。

身体を窓の方に向け、しばらくの間微かに立つ白波や想像以上に澄んだ水の様子を、覗き込むようにみる。
私の心持ちとはあまりにもかけ離れた、まぶしすぎる車窓からの眺めは、言葉のいらない激励であった。
「大丈夫だよ」と私の今までの努力の証を眼前に引き出してくれたような、そんな不思議な気持ちを与えてくれた。

この海に背中を押されたおかげで、毎日のようにこの海をみながら通学するようになった。
そのうちに日時によって違う姿を、そして影響を受ける人々を多くみることができた。

少し日の傾きはじめたオレンジの混ざったあおいろ、砂浜に佇み寄り添うふたりの背中や横顔。
海に浮かぶ大きな岩山に何十羽もとまっている鳥、周りを飛ぶのをじいっと見つめる靴を脱いだ子ども。
海の向こうにたつ風車と街並み、横目に見つつ他愛ない会話をなんとなく楽しんだ私。

どれもが非日常とは言い難く、何気ない事かもしれない。
でも各々がふと思い返したり、傍からみるとほんの少し幸せを感じられる情景。
車窓からみえる小樽の海が、その幸せのきっかけになってくれて、そして私たちの記憶にそれらを繋ぎとめてくれているのだと思う。

素敵ないろの付箋をつけてくれるような、日常の延長線上の出来事をより鮮やかに記してくれるような。
車内という比較的時間が自由にゆっくり流れる空間だからこそ、せわしい日々や喧噪、スマホから目を離して、なんとなく心に残る出来事を探す。
小樽の雰囲気を肌で感じる。こんな時間も素敵だと思う。

私はまだ、小樽の季節の顔を知らない。
これから先、どのような表情と大切な想いに触れられるんだろう。
淡い幸せの瞬間に出会えること、思い出ができることに期待して、今日も私はJRに乗る。

(こっここ)


※本記事の内容は2022年7月時点の情報に基づいたものです。

写真:眞柄 利香