夜明け前の海

小樽は“賑やかで親しみやすい”まちだというイメージを持つ人は多いだろう。
港町であり、観光地としても有名だからだろうか。私も小樽に移り住むまでは、小樽の最大の魅力はそこにあると感じていた。
実際に、人々のあたたかさ、背が低めで距離感の近い建物たち、観光を楽しむ人たちの笑い声など、小樽は賑やかで親しみやすい面をたくさんもっている。
しかし私は小樽に移り住んで、このまちの“静かでミステリアス”な魅力を知ることになる。そこから、以前よりももっと小樽というまちに惹かれていくのだ。
私がこのまちの新たな一面を知ったのは、一人暮らしを始めて2週間ほど経ったころだった。
なんだか心がソワソワ落ち着かなくて、いつもより早く目が覚めてしまった私は一人で海に行こうと思い立つ。
五月の夜明け前はまだ肌寒くて、冷えた指先を袖に隠しながら海へと足を進める。
海に着いてしばらくは、肌を撫でる海風を感じながらゆらゆら揺れる深い青を眺めていた。
頭のなかでは、これからの学校生活や一人での暮らしについての考えが浮かんでは消えて、を繰り返す。
そしてあるとき私の肌を撫でていた風がはたりと消えた。時が止まったような気がした。
いつもは聞こえない呼吸の音が大きく感じるほどの静けさ。空の端から徐々に明るさが広がっていき、遠くから汽笛のような音が聞こえた。
ハッと我に返る。静けさと不思議な感覚に呑み込まれそうになっていたのだ。
すっかり明るくなった世界を見届けて、私は家へ戻った。
家に帰った後もなかなか余韻が抜けず、あの不思議な空間をまた思い返してみる。いつも私が感じていた賑やかでフレンドリーな小樽とは全く逆の、静かでどこかつかめない、ミステリアスな小樽だった。
そこから、私にとって小樽は「静かで不思議な魅力を持つまち」となった。
立体迷路のような住宅街、空へと続いているかのように見える急な坂道、誰もいない夜の駅。
さて、今日はどんな不思議に出会えるだろうか。
(しお)
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※本記事の内容は2022年7月時点の情報に基づいたものです。
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写真:眞柄 利香