樽協(小樽野球協会)の社会人野球
かつて小樽の野球と言えば、社会人野球のことだった。樽協(小樽野球協会)の社会人選手は市民の間ではスター選手だった。 昭和41年春、私が小樽に来たばかりの小学生の頃、同級生の平久保君に野球観戦に誘われた。桜ヶ丘球場で、…
かつて小樽の野球と言えば、社会人野球のことだった。樽協(小樽野球協会)の社会人選手は市民の間ではスター選手だった。 昭和41年春、私が小樽に来たばかりの小学生の頃、同級生の平久保君に野球観戦に誘われた。桜ヶ丘球場で、…
小樽の市街地を流れる勝納川は、小樽の中でも比較的大きく二級河川に指定されています。 市街地を流れる川と言えば、勝納川の他には於古発川(おこばちがわ)が馴染み深いと思いますが、市内中心部を流れる於古発川が整備されて人工的な…
日本のスポーツ界を下支えしているのは、高校、大学の学校運動部と福利厚生名目で企業名をPRする大企業、そして種目に特化し支援する地方の中小企業の数々である。 北海道でも、戦前、戦後と王子、大昭和、十条、山陽等の製紙会社…
小樽で三馬(みつうま)と言えば、ゴム長のスーパーブランドだ。現社名は㈱ミツウマということだが、やっぱり三馬ゴムという呼び名がしっくりくる。 戦後、ゴムの統制が外れ自由経済になると、勝納川沿いの奥沢町は、最盛期ゴム長会社6…
かつて私は小樽のミニコミ誌の編集のお手伝いをしていた。「おたるくらし」に記事を書いてみませんか?と声をかけられた瞬間から、私の頭の中に、すぐにも書いてみたい幾多のことがよぎった。今までに、ふとしたきっかけで聞いた「生き…
小樽駅のお隣の南小樽駅は、市民より親しみを込めて「南樽(なんたる)駅」と呼ばれてます。 南樽駅はこじんまりとした小さな駅で、ホームもかなり年季が入っています。 駅を出ると、周囲は特別賑わいがあるわけではなく、また、観光施…
明治以降、日本近代建築の礎を築いた、工部大学校造家学科(東京大学工学部建築学科の前身)第一期卒業生4名のうち、3名が小樽に作品を残している。 小樽の歴史的建造物を語るときに、必ず出てくるのが、このくだりである。 ちなみに…
小樽市内に残る旧手宮線。寿司屋通りから中央通りの区間は整備されていますが、その先の中央通りから北側の手宮方面は、これまでは手つかずの状態で線路跡も草むらに埋まっていました。 現在、この手宮方面の整備が進み、線路が顔を出し…
昭和30年代後半から40年代前半にかけて、小樽には10数軒ものダンスホールがあった。エンペラー、コトセ、エルサムバー、ナショナル、港ホール、ブルーシャトー、花園、ニュー三条、ゴールデンスター、キングオブキング、ビクター、…
市民会館の隣に、旧小樽区公会堂・旧岡崎家能舞台という二つの市指定の歴史的建造物がある。公会堂は明治44年(1911年)、能楽堂は大正15年(1926年)建築という古い建物だ。 その詳しい歴史は、ここでは割愛するが、公…
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