小さなお稲荷さん

もし、あの時急いでいたら、それは見えなかっただろう。もし、あの時そこを通らなければ、予定通りに小樽を見ていただろう。

私は一人で、雲一つない空の下、残暑の残る小樽駅周辺を歩いていた。ネットサイトにある観光プラン通りに、小樽運河などを巡る計画。これを遂行していた。
しかし、なぜだか普段の観光とは違い、少しずつ寄り道をしていた。立ち所に現れる坂や、時の流れを感じさせる建物に魅せられていたのかもしれない。

駅から少し、離れただろうか。

暑さに疲労を覚えつつ、見えてきたゲートを見る。「花銀」の文字が見えた。調べると、これは花園銀座商店街の略で、花園の名は、北前船の交易でつながっていた京都から。銀座の名は東京からついたものだという。日本の二つの都の名を冠する地名だったとは想像もつかなかった。

何があるのか気になり、歩を進めた。高架橋が見える。狭い路地に大きな高架橋があるのはアンバランスで不思議な感覚を覚えた。

その先に、「それ」はあった。

真っ赤で小さな、鳥居と社。小さくも、一際存在感を放っている。すぐ横には飲食店があり、民家があり。初めて見る光景に、私は目を奪われた。

近くに寄ってみると、時間の流れを感じる風化した部分があり、懐かしさを感じる。そうでありながら、しっかりと手入れされていて美しい。稲荷大明神とよばれていたり、花園稲荷神社とよばれていたり、正式名称が決まっていないというのも、なにか地元に根差している雰囲気を感じる。

後ろを覗くと、線路があった。手宮線の跡地だ。頭上には高架橋、周囲は民家や飲食店、そして後ろには線路。こんな面白い神社があるとは。
私は少し、笑ってしまった。

今の世の中は、SNSやスマホなどによって様々な「速さ」が求められる時代になっている。小樽には、徒歩の「遅さ」でこそ楽しめる街並み、ふとしたところに歴史が宿る「遅さ」を持つ景色があると私は思う。

「速さ」に慣れた私たち現代人に、小樽の「遅さ」は優しく、新しいものを見せてくれると思う。
あなたの目に小樽はどう映るのだろうか。

(おおたけ)


※本記事の内容は2020年8月時点の情報に基づいたものです。

写真:眞柄 利香