あの日の、つぼ鯛

tanuki

「つぼ鯛」は食べたことがありますか。小樽にはその「つぼ鯛」がとてもおいしい定食屋があります。そこの定食屋を好きになると、きっと小樽のことも好きになるはずです。

「今日これからひまか?一緒につぼ鯛、たべにいこうぜ」
「いいですよ。…先輩、ツボダイって、なんですか?」

もう3年以上前の話だ。私が小樽の大学に進学して間もないさくらの咲くころ、仲のよかった先輩が、この誘い文句でわたしを花園にあるお店へとつれていった。入り口にそばには、たぬきらしき(?)よくわからないおおきな置物があり、ドアをあけると、せまい通路だった。そしてただよう焼き魚のにおい。そこのお店は、小樽では相当有名なお店らしく、有名人のサインも多くおかれていた。

注文をすませ、席にすわるなり先輩はいった。
「ここのつぼ鯛は、本当においしいんだ。きっと魚自体が好きになるよ」
その当時、魚よりも肉を好んでたべていた私にとっては、その意味がよくわからなかった。

そして、注文通りに出来上がり“ツボダイ”こと“つぼ鯛定食”をたべるときがきた。
一口、口にいれたときに、先輩の言葉の意味を思い知った。魚がこんなにおいしいものだとは知らなかった。絶妙な焼き加減、厚みのある白身。家ででてくるのと違って、大根おろしがにがくない。しょうゆは少しでいい。素材そのものの味がおいしいからだ。一緒にたべる白米。ごはんが進む。あんなに大盛りだったのに、茶わんがすぐに底をみせる。

以降、このお店に定期的に行くようになった。

何度も通うことでわかったことがある。このお店は味も変わらないが、ただよう空気も変わらないということに。しかも、それはおそらく創業の時からの空気だ。いつ行っても目の前に広がるせまい通路。ただよう、いいにおい。愛想のよいお店の“おねえさん”達。この店で変わるのは、週刊漫画誌の帯の番号だけだ。

小樽は「ふるくてあたらしいまち」と聞く。このお店に空気によって昔の、先代の方々がいたあの時の小樽の空気を、現代に生きる私は少しだけふれることができるのであろう。そしてこれからも、きっと。

あの“つぼ鯛”から3年が過ぎ、小樽にいる日々もあとすこし。仲のよい後輩とごはんをたべるときはあのお店をよくつかっている。つぼ鯛の、魚の、おいしさを売りこむのはもちろん、あのお店を好きになると、小樽自体も好きになってくれそうな、そんな気がするからだ。

「今日ってこれからひま?一緒につぼ鯛、たべにいこうぜ」

(樹)