三角市場

 三角市場は、小樽駅の余市側と国道5号線の船見坂までを斜めに結ぶ線上に広がる市場である。この斜めに結んだ通路により、土地が三角になり屋根も三角だったことから三角市場と命名されたそうだ。

 小樽には同じような市場が数多あったのだが、店舗の後継者不足や、顧客の減少等の理由から閉鎖されていった。入船市場、住ノ江市場、手宮市場、妙見市場・・・、数え上げれば枚挙に暇がない。

 三角市場は、小樽が観光都市と言われるずっと前から、知る人ぞ知る有名な市場だった。小樽駅前という立地条件もあり、札幌圏はもとより、後志各地、遠く苫室、旭川方面からも買い物客が訪れていたと聞く。

 元々は、戦後の昭和23年(1948年)頃、7-8軒の露天商がお店を開いたのが最初だそう。そのあたりは、妙見市場、入船市場、中央市場と同じような成り立ちである。

 この三角市場の駅側入口に同級生の実家店舗があった。高校3年の学校祭クラス出し物で8ミリ映画を作成した際、商売をやっている親のいる会社やお店から、広告を頂戴しようという事になり、この三角市場の商店にもお願いした事があった。

 映画のエンドロールに、数十秒のナレーションとお店の広告動画を流すのに撮影に伺った時の事、三角市場の混雑状況といったら凄まじかった。人で溢れていて国道に抜ける通路まで身体を斜めにして進まなければならないほど賑わっていたのだ。

 高校生の私にとって、三角市場を訪れる機会がそうあったわけでは無かったので、その時の混雑具合は今でも鮮明に覚えている。

 40年以上前の当時は、鮮魚店はもとより、食堂、衣料品店、青果店、乾物屋、雑貨店等ありとあらゆるお店が立ち並んでいて、小樽の台所として大いに機能していた。

 時代の流れとともに、他の閉鎖されていった市場同様、三角市場も多くの店舗が廃業、閉店して行った。そんな中、三角市場は観光都市として再生した小樽の顔として、新たな立ち位置を確立し、多くの観光客から支持される海鮮専門市場へと変貌していった。

 令和2年(2020年)、コロナ禍によりぱったりと客足は途絶えてしまったのだが、また元気な三角市場に戻るまで、応援を続けたいと思っている。

(斎藤仁)


※本記事の内容は2020年6月時点の情報に基づいたものです。