マイ・ファースト・オタル

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 この写真は今から40年も昔の1973年8月7日、私が中学1年生の夏休みに写したものです。私は生まれ・育ちが東京ですが、当時、終焉の時の近い蒸気機関車を追っかけて、はるばる北海道まで一人旅でやって来たのでした。青函連絡船で函館に入り、道央から稚内、網走あたりまで回った10日間ほどの旅の最後、函館行き急行列車に乗って小樽駅に近付いたとき、対向する線路を走ってくる貨物列車のD51を車内で見つけ、急いで撮ったのがこの1枚です。

 このときの私の旅は、蒸気機関車を撮ることが唯一の目的でした。それでも旅の前半に初めて訪れた小樽では、駅から歩いて運河を見に行った記憶があります。当時の運河は今のような観光名所ではもちろんありませんでしたが、何故だかその存在は聞き知っていたようで、鉄道撮影の合間にあえて足を運んでいます。
しかし、よくいわれるとおりこの時代の運河はもっとも荒廃が進んでいた時期でもあり、真夏には腐臭が漂う場所でした。結局、何だか汚い水溜まりといったかすかな印象だけを残し、少年の私はすぐにこの場所を後にしました。当時のネガを見返しても、運河の写真は1枚もありません。鉄道以外では、撮る価値を見出せないものに貴重なフィルムを消費することはしなかったのです。

 さてこの写真の撮影場所はどこか……。今では一目瞭然です。南樽駅の築港寄り、町名でいえば勝納町と新富町のあいだあたり。勝納川の河口に近い、どこか下町的情緒の漂う街並みです。写っている短い鉄橋は道路を跨ぐもので、路面からの高さがわずか1.8mという低いものです。
初めての北海道旅行から数年のうちに蒸気機関車は姿を消し、私の鉄道への関心も長続きはしませんでした。しかし何故か北海道という土地に心惹かれ、学生時代を通して何度も訪れるようになり、何十年かののちにはとうとうこの街に住むこととなります。
まったく偶発的に撮ったこの低い陸橋の下を、今ではクルマで頭をすくめるようにして通るのが日常茶飯事になっているのだから、なかなかおもしろいものだと思います。

(佐藤圭樹)