ドン山
昔、小樽にはリフトのない畑や斜面、裏山を利用した簡易スキーゲレンデがそこかしこにあった。緑町にドン山というゲレンデ???・・・というか急斜面があった。緑第二大通り正法寺横の公務員宿舎から最上町よりの斜面だ。スズラン薬局グリーンピース店横の小路を入るとこの斜面に上れる。夏の間は畑だが、冬になると子供たちにとって格好のゲレンデとなっていた。
小樽に来た昭和41年12月、商大通りの旭展望台入口近くに住んでいた私は、同級生に誘われるままこのドン山に連れて行かれた苦い思い出ある。
「お前、スキー滑れんのか」
「スキーくらいできるに決まってるべ」
微かな記憶であるが、決して大人しい子供ではなかったので・・・。
家からスキーを着けたまま(小樽ではスキーを履くというが・・・)商業高校下の通りを通過し、左に曲がり拓銀官舎を抜け、国鉄官舎伝いにこのドン山ゲレンデ中腹に出たのである。
スキーを履いたことはあるのだが、なにしろ前年まで、美唄の田んぼの真中にある道営アパートに住んでいたわけであるから、スキーと言っても、平地で歩くか積み上げた背丈ほどの雪山から滑る経験しかなかった。坂や斜面を滑った経験は皆無だった。そんな子供が大人でも固唾を飲む急斜面に直面したのである。
その日は同級生たちがその中腹からスイスイ滑っていく姿をただ呆然と眺めていることしかできなかったのである。
「おい、早くこい」
「待ってれ、今行く」
そんな会話を繰り返した覚えがある。その時に下りたのか、否かは本当に定かでないが、その冬の間にこの恐怖の中腹からのスキーは程なくマスターした。あくまで中腹からである。上からは到底滑るなどできなかった。
ドン山は昔、午砲があったので付いた名前だと担任の先生が教えてくれた。そしてここで、第1回の全日本スキー選手権(1923年)が行われたことも併せて教えてくれた。
調べるとドン山は緑第二大通りから上、商業高校、商大あたり全体を指す地名であるという。円吉山、高商山ともいわれているようだが、わたしにとってのドン山はこの急斜面のみである。
(斎藤仁)