カメラレンズの先の

 家を出ると、若者二人が車道の傍らで何かを待っている。言葉はわからないけれど、彼女たちは車の往来が途絶えると会話をやめて、そのうちの一人がその坂をカメラを持って上っていき、もう一人が、車道のど真ん中に立って笑顔でピースをし始める。

「危ないなあ」なんて思いつつも、元からそうなることを予期していた僕は彼らの邪魔にならないよう、船見坂と呼ばれるその坂のさらに上の方へ歩いていく。眼下に映る長い一本の線とその先に広がる青い海も、目の前で写真を撮っている彼らの姿も、僕にとってはもう見慣れた景色だった。

 僕が大学に入って初めてできた友人は、中国からの留学生だった。僕がある日、彼女にこの大学に来た理由を尋ねると、彼女は「映画で見た小樽の景色がとても美しかったから」と言っていた。映画の名前を聞くと、彼女は「『Love Letter』って言うんだけど、知ってる?」と答えた。
元々僕は「スワロウテイル」や「リリィ・シュシュのすべて」が好きだったから同じ岩井俊二作品である「Love Letter」も知ってはいたけれど、見たことはなかった。

 それにしても、僕らが生まれる前に公開された映画で、それも日本の映画をなぜ彼女は知っているのだろう、と疑問に思って少しインターネットで調べてみると、どうやらこの作品は韓国や中国、特に前者の方でかなりの人気を誇っていたらしかった。

 気になった僕は、その日のうちに近所のレンタルビデオ屋さんに行きDVDを借りた。DVDを挿して液晶を眺めていると、数分もしないうちにあの見慣れた景色である、冬の船見坂が画面に映りだした。

 「Love Letter」は冬の小樽と神戸を舞台にした作品だが、小樽での映像がより多くの時間を占めている。運河プラザや色内交差点など、小樽市民に馴染みのある街並みが鮮やかな色彩と繊細なフィルムで描かれていて、身近な人の死という普遍的なテーマを扱った切なさを感じる展開とともに、作品の舞台である小樽をより魅力的に映している。

 つまるところ、僕がよく目にする多くの観光客たちにとって、あの坂はいわゆる「聖地」なのだった。それは彼らが小樽を訪れる理由の一つにもなりうる、それほど心奪われる風景が小樽ではみられるのだ。

 その一方で、何気ない風景の中にも、他の人々が紹介しているような沢山の素晴らしいお店と、それに携わる暖かい人々が、街のいたるところに存在する。

 映画という舞台装置によって演出された小樽の街並みにも、小樽市民が普段生活している小樽の日常風景にも、どちらも違った魅力がある。見ている景色は同じでも、その人その人によって映し出される情景は変わってくる。そんなところが小樽のいいところなのだと僕は思う。

(上保晴汰)


※本記事の内容は2020年8月時点の情報に基づいたものです。

写真:眞柄 利香