張碓の神工園

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「神工園」この言葉を聞いて、すぐに分かる人は、かなりの銭函通か今流行のバスマニアだ。

国道5号線、張碓トンネル銭函側にJRバス「神工園」というバス停がある。まわりに人家もなく、乗降客はほとんどいない。トンネルの上は、採石場になっていて、海側、山側に道路が引かれ、砂利を満載にしたダンプカーが行き来するだけの場所である。

さて、この神工園であるが、張碓トンネル海側にあった娯楽施設だという。読み方も「しんこうえん」という人もいる、いやいや絶対「じんこうえん」だったという人もいる。

銭函在住のご婦人の友人が、ここでジュース、サイダー売りをしていたという話しを聞きつけ聞いてみたが、いろいろな記憶が交錯し、どの話しが「神工園」なのか、わからなくなっていた。なにしろ80年以上前の事である。記憶が曖昧で当然かとも思った次第。

今回少ない資料から、わかっていることをお知らせいただいた、銭函優游の会三原博氏によると、戦前の昭和10年前後に今でいうテーマパークが作られ、同じく戦前には閉園したとされている。とても短い期間の開園期間だったようだ。残念な事に、採石場になったということもあり、痕跡はまったく残っていないという。

前述、海側といったのも、戦前張碓トンネルを写した写真には、今のように山側に道路がなく、海側道路しかなかったので、おそらく海側にあったのだろうというものである。場所も含めて、確かな資料はほとんど残されていない。

実は、昨年、オタモイ海岸遊園地開園当初の8ミリ映像が、小樽市総合博物館に札幌在住の方から寄贈され話題となった。早速、小樽南ロータリークラブでも、副館長、学芸員をお呼びし、この映像に関する講演をお聞かせ願った。その時、プレゼン資料の中に、1959年北海道新聞のコラム、忘れ去られた観光地「オタモイ海岸」と「神工園」という見出し文字を見つけたのだ。

それ以来、幻の「神工園」をいろいろ調べて1年以上経過しているのだが、遅々として進まない。
ご存じの読者の方に情報をコメントいただきたいと願っている。

(斎藤仁)