喫茶コロンビア

何年ぶりになるのだろうか・・・、10月末のある昼下がり、本当に久しぶりに喫茶コロンビアに行ってきた。このおたるくらしのコラムにも、他のライターさんがコロンビアについての思い出を掲載しているが、私も俄然書きたくなってきた!!!

この喫茶コロンビアのオーナーは、現在4代目くらいに変わっていると聞いているが、開店当初から店の名前はもちろんの事、内装等にも大きな変化はない。

入口のショーケース、ボックスのソファーやテーブル、豪華なシャンデリア、レジカウンター、今は使われなくなっているようだが2階への階段、ボックスとボックスの間仕切り等々。

その日は、なんとも懐かしい原風景を眺めながら、遅い昼食を取ったのである。周りを見渡すと、たくさんのお客さんが来店していた。毎度お馴染み妙齢の女性グループが数団体いて、これまた珍しい妙齢の男性グループも来店していた。6人いたその団体は、町内会とか老人クラブの帰りなのか、これからどこかに行くのかと、私は勝手に想像を膨らませていた。

私の知っている喫茶コロンビアの歴史を少々。
創業者は新谷さんといって、色内手宮線沿い焼肉大仁門の隣で、エンペラーという大きなダンスホールを経営していた方だ。正確な生年は分からないが、おそらく大正昭和の境目あたりの生まれだったと思う。同じ業界ということもあり、私も大層可愛がっていただいたものだった。

この新谷翁、コロンビア、エンペラーのみならず、札幌駅前のニシムラビルの地下に地下鉄駅直結の立地で大きな喫茶店を経営していた。私はそのお店にも学生時代に何度も、そうとは知らずに来店していた。

さて、コロンビアであるが、私の前のダンス教師協会支部長が大変なお気に入りで、支部会議はここを専門に使っていた。事あるごとに、「コロンビアに〇曜日〇〇時集合!!!」と連絡がきたものだった。

その会議は主に2階を使っていた。コーヒー1杯で何時間も粘るわけだから、コスパの悪いお客集団だったわけだが、嫌な顔一つせず、毎回にこやかに迎えてくれた記憶がある。

時が経ち、会議での使用はほとんどなくなり、来店する機会もほとんどなくなってしまったのだが、ある時、生徒さんからここの2階で月に1回、歌声喫茶サークルが行われているという話しを聞いたのだ。

ピアノやアコーディオンに合わせて、歌詞集を見ながらロシア民謡や童謡を参加者みんなで歌う、あの懐かしい歌声喫茶である。

それは大変な盛況で、毎回100名近い参加者があったのだが、なんと2階の床が抜けそうになったとかで、近年会場が変更になってしまったとのことである。

閉鎖されている階段を見ながら、2階に上がれなくなったのは、そんな理由かもしれないと思いながら、感慨に耽っていたある日の午後だった・・・。

(斎藤仁)