マッチの思い出
これは小樽観光運河プラザ案内所の入ってすぐのところにある、小樽の喫茶店でかつて置かれていたマッチたちである。幼少期が思い出され、懐かしくなってつい撮ってしまった。その時の写真がこれである。
子供のころ月に一度ほど親に連れられて喫茶店でパフェやおこさまランチをごちそうしてもらうときがあった。
その中でもたまに、紅いベルベッドのソファーがあって、天井からシャンデリアがぶらさがっているようなレトロな純喫茶に入ることもあった。
私の母はそんな時いつもジュースを置くコースターやマッチを持って帰るような人で、私が「そんなものなんで持って帰るの?」と聞くと「お店によって柄も形も違うのよ、ほらオシャレでしょう」と自慢げに見せびらかしていた。
が、残念なことに我が家では飲み物を飲むたびにコースターを使う文化もなく、喫煙者もおらず自宅のテーブルで母が持って帰ったコースターやマッチが使われたところは見る由もなく、今となってはどこにしまってあるのかすらわからないありさまである。
私の母のようにマッチを持って帰ってコレクションした人は他にもいるのではないだろうか。ただ殆どのコレクターは今も大事にしまってあるのだろう。
明治8年に初めてマッチの生産は始まり、飲食業界は宣伝のために広告マッチを作り出した。これが喫茶店におかれるのが定番となり、様々な大きさ・色・フォント・デザインで来店客の目を楽しませてきた。
小樽でも純喫茶のみならず、スナックや居酒屋、銀行でもマッチは置かれていた。しかし100円ライターの普及により今ではすっかりなりを潜めてしまった。
私がこのマッチの行列をみて感じたのは、いつもお世話になっているお店のマッチもあるが、見たこともない名前が大多数を占めるということである。
それはマッチが小樽のお店から消えていくと同時に、小樽から時代の流れで消えていってしまったお店もあるということではないだろうか。
古くから愛されてきて今もある小樽の飲食店の火を消さないよう、また美味しいごはんを食べに行こう。そう強く感じたのであった。
(もえ)