小樽の空
そうそう、訛りが聴きたいんだよね、と思っていた。
帰省なんてのは最初の何回を除くと、もはやルーチンになってしまう。それに、ちょっと悲しいことだけど、北海道だけのものなんて、だいたいこっちで買えてしまう。
クラシックの限定缶だって、あまとうのクリームぜんさいだって、おたるワインのナイアガラだって、なるとの唐揚げだって、いざ探せば、どこかで売ってる。小学生の時からお気に入りだった栗原ベーカリーのラスクも、よく実家から送ってもらっている。
だけど、小樽の人が話す言葉や土地の雰囲気は、こっちでは見つからない。
停車場に訛りを聴きに行くなんてのがあったけど、慌ただしい年末の、人でごった返した羽田空港の、お土産が入った紙袋を抱えてこれから千歳行きの便に乗ろうとしてる瞬間、ちょっと耳をそばだてて、ここで訛りが聴けないかなぁなんて思ってしまう。この雑踏の中に、小樽の人はどのくらいいて、どんなことを考えながら、一千キロも離れた故郷に帰ろうとしているのだろうか。
「翼の王国」のエッセイを読んでいると千歳に着いた。ニッカウイスキーの看板を横目で見ながら改札をくぐり、ホームに降りるエスカレーターで北海道の寒さと再会した。昔は手稲行きなんてあったっけなんて思いながら、いつの間にか日が傾いてきた札幌駅で乗り換えて、小樽築港で降りた。
たいてい、駅を降りてすぐ右にある公衆電話に積もった雪でその年の雪の多さを知った。今年は大雪がニュースになっていたけど、そこまで多くもないのかな、と思って、誰もいない国道5号線を見る。ちょっと待って、タクシーが来た。
「どこまでさ?」
「潮見が丘神社までお願いします」
「若竹のバス停んとこでいいかい?」
「はい、お願いします。」
あ、帰ってきたなと思った。地元の地名が通じる安心感というのは、訛りやテンポ感と相まってとてもほっとする。あっちじゃ若竹のバス停なんて誰も知らないし、標準語に合わせてちよっとだけゆっくり話してる。素で会話できることは、かなりホッとする。
「帰省かい?」
「ちょうどさっき東京から飛んで来たんですよ。こっちはやっぱり寒いですね。」
「今年はドカ雪も多いねぇ。今日も寒いわ。」
「なかなか千歳に降りられなくて疲れちゃいました、、、」
小樽を離れて四年経ってみて、改めて帰省の意味を考えてみると、やっぱりモノじゃなくてヒトなのだと思う。一年に数日間でもいいので、小樽で小樽の人と話して、小樽の空気感にどっぷりと浸かりたい。
だから、帰省ってのは、いくら忙しくても、いくら時間がかかっても、しなきゃならない。
気がつくと日が沈み、小樽の空は美しいグラデーションを描いていた。坂が多いと空が広く見える。坂が多いのは、歩くと疲れるけど、その分、何気ない景色が美しい。
今回はどんな小樽を再発見できるんだろう。どんなことを思いながら、帰りの飛行機から去りゆく北海道の空を眺めるんだろう。そう思いながら、実家の玄関を開けて、「ただいま」と言った。「おかえり」と返ってきて、四年目の冬の帰省が始まった。
(わ)