山ノ上の坂。ここはかつての山ノ上町

yamanouenosaka

臨港線で信香町を過ぎると、左手の住吉町の高台へと上っていく坂道があります。
この坂道には「山ノ上の坂」という名前がついています。

その名前の由来について、高台となっている山を上っていくので、単純にそのような名前が付いたのかと思ったら、そうではありませんでした。

この高台のあたり一帯は、かつては山ノ上町という町名で、そこから山ノ上の坂という名前が付いたそうです。山ノ上町は、ちょうど現在の住吉町のあたりになるでしょうか。

小樽の町名の変遷などの歴史については、さほど詳しくはないのですが、山ノ上町は明治3年(1870年)に開拓使により付けられた八つの町名のうちのひとつとのことで、その時の町名のうち、勝納、信香は現在も残っています。

小樽にかつてあった古い町名については、こうやって今もその名残りを見つけることができたりして、ちょっと興味をひかれますね。

そうそう、実際にこの山ノ上の坂が開拓された時代は、安政の時代ということで、この坂道は「安政の坂道」とも呼ばれているそうですよ。

ちなみに、この坂の下から臨港線沿いをちょっと行くと、「オタルナイ役所跡」と書かれた案内板が立っていて、それによると、この場所には慶応2年(1866年)から明治14年(1881年)まで、オタルナイ役所(後に郡役所)が置かれていたそうで、この頃の小樽の中心はこの一帯だったんですね。

山ノ上の坂を上ると、その先はメルヘン交差点へと下る「三本木急坂」が続いています(右側の臨港線へと急勾配で下る坂道は「赤坂」と名前がついてます)。山側は南小樽駅の前を通り、住吉神社へと真っすぐに続く通りです。

その昔、山ノ上町ができた頃、これらの坂道が開通して、そして小樽という街がどんどん形作られていったのでしょうね。

ということで、今回はかつての山ノ上町を上る「山ノ上の坂」についてでしたが、その坂の名前やその由来などが分かると、普段上り下りしている坂道も、何だかいつもとちょっと違った風景に見えてきたりしませんか!?

【参考】
・小樽市HP内 広報おたる連載「おたる坂まち散歩」「第27話 山ノ上の坂(前編)」
・「地図で歴史を探る 小樽の町名変遷を見る」高橋 悦郎 著(市立小樽図書館所蔵)

写真:小梅太郎の「小樽日記」

(小梅太郎)