いつも、なんどでも
大学一年生。小樽のすべてが新鮮なその頃。
都通りのアーケード街を歩くと、それはなんだか気になる存在でした。
不揃いな煉瓦造りで、ランプが二つ灯っていて
鈍く光るブロンズの文字が厳かで
簡単には攻略できなさそう、でもすごく特別な空間なんだろうなぁ。
それがこの純喫茶の第一印象で、
後ろ髪を引かれながらも
結局一度も入ることはできないのでした。
大学三年生。わが町顔で闊歩するちか頃。
「学校の課題を終わらせるための、取材だから」
とっておきの口実を見つけて、友達とこのお店の門を叩けることになりました。
年明けのある日。いよいよ決戦の日です。
ちょっと大人になるための、もっと小樽を知るための試練の日。
「昭和8年創業」の文字を目の当たりにし、また少し怖気づきます。
ドアを開ける時のギギーという木の音が、その建物の年月を感じさせます。
中に目をやると、一気に異空間へトリップしてしまいました。
ショーウィンドウに隙間なく並べられたガラス細工
数々の船の模型と大きな碇
どこかも想像つかない外国からの戦利品
夜明け前のように薄暗い照明
昔の海賊船のように拵えたその店内は
いますぐにでも大海原へと出航できそうです。
写真撮影が禁止なのは
来店した船乗りにしか航海気分を味わえないからでしょうか。
その厳かなお店の雰囲気の中では思わず
いいところのお嬢さんのように、
おすましをして、背筋を伸ばして、小さな声で話したくなってしまいます。
椅子に掛けてオーダーが来るまでの間、お店に思いを馳せます。
―初めて彼女をつれてくる、秘密のお店になりそうだな
―ゆっくり流れる時間のなかで読書を楽しむ人もいそうだな
―ケンカしたとき、ここでなら仲直りできそうだな
きっと昭和8年からいつも、なんどでもこの純喫茶は
人々の思い出の場になり続けているのでしょう。
「ずっと変わってほしくないね」
「ねぇ、わたしたちもさ、また何年後かに来ようよ」
またここに来る、とっておきの口実が出来ました。
(彩花)