小樽の隠れた名所 ミズバショウ群生地

inahozawa

「春がくれば思い出す」
わたしにとってそうつぶやきたくなる所が、塩谷の稲穂沢にはある。稲穂沢ってどこ?とお思いの方も多いだろう。長橋側から来ると、長橋バイパスのサンクスを越えて長橋トンネルを抜けるとすぐに信号交差点があるが、そこを左折するとちょっとした峠道になる。
峠のてっぺんにはゴルフ練習場と変電所があり、そこから塩谷に向かって下ると、しばらくして左側に木の生えていない草地が見える。その手前に小川が流れ、時期が来ると小川沿いにミズバショウがたくさん咲いているのだ。

わたしは32年前の夏の終わりに塩谷に越して来たが、ここにミズバショウの群落があることに気づいたのは9年前のことであった。ここを教えてくれた方は、わたしの会社のタクシーをよく呼んでくださる高齢の女性のお客様。彼女は俳句をたしなむ方で、俳句のモチーフを探すために小樽の風光明媚な所へ時々出かけるのである。タクシーの仕事は「出会いと別れの繰り返し」といわれるが、わたしの知らなかった小樽の自然風景を教えてくれたこの出会いこそ、今も克明に心に刻まれている。

「とっておきの風景をみせてあげる。」
彼女はわたしのタクシーにご乗車された時、そうおっしゃられたのが今でも忘れられない。
うれしさとワクワクする気持ちが入り交じって、わたしは「はいっ!」と快活な返事をした。行き先は塩谷の稲穂沢だけどわかる?と聞かれてそれはもちろんと答え、一目散に稲穂沢へとタクシーを走らせる。峠を下りて行く途中、右に廃バスの物置、左に木の生えていない草原のようなところにさしかかる。

「轟さん、ここで停めて!」
車を停車させて左を見ると、草原の手前に小川が流れ、小川沿いにミズバショウがいっぱい咲いていた。思えば子どもの頃は、ここの草原、ピクニックに来たら遊べるのかな?
と思いながら見ていたものだったが、手前にミズバショウが咲いていることには気付かないほど、関心が薄かったのだ。ここは草原というより、元々は牧草地だったのだとか。
彼女は物思いに耽りながら小川の上流へとゆっくりゆっくり歩き、かたやわたしは携帯電話のカメラでミズバショウの写真を撮る。途中まではいい表情で歩いていたのだったが、木にかかっていた立て札を見て彼女の表情が急に曇った。わたしもすぐさま、その立て札を見る。

「わたし達もあなた達も キレイな所でしか
生きられません ゴミを捨てないで・・・・・・・・   代表 ミズバショウ」

と書かれていたそばに、粗大ごみが落ちていたのである。仕事中ではわたしもなす術がなく、そこでたたずんでから街へと戻った。彼女はその後もよくわたしを指名してくださり、小樽の風光明媚な所をいっぱい教えていただいたが、そのうちわたしにどころか、会社に全くお呼びがかからなくなった。施設に入所されたのか、または入院でもされたのか。または娘さんと同居されたのか・・・・・・。
今となっては確かめようもないが、彼女とのおつきあいは長いようで短かった。今まで撮りだめた写真の中に稲穂沢のミズバショウを見つけるたびによみがえる、春の想い出である。

(轟 拓未)