青塚食堂
小樽に住む義父は、酒を飲まない。
加えて、僕は、人見知りなところがあり、
酒を飲まないとどうも調子がでない。
ということもあり、結婚して20数年経つが、
お互いに話で盛り上がったという記憶がない。
それでも、遊びに行き、晩飯時になれば、
小樽のいろんな店に連れて行ってくれた。
そして、3年前のあの日。
その日は、珍しく僕が
「青塚食堂へ行きたい」
と言った。
青塚食堂とは、小樽の祝津にある、
民宿を兼ねた海鮮料理を出す食堂である。
実は、青塚食堂には、僕がちょっと前に行っており、
その時食べた「にしん焼き定食」の
にしんのあまりの大きさとその美味さ、
そして、小鉢に付いていたイカの塩辛のあまりの旨さに感動し、
また行きたいと思っていたのだ。
僕の案は採用され、車は青塚食堂へ向かった。
季節は秋。
秋の夕暮は日が落ちるのが早く、
青塚食堂の横の広い駐車場に着いた時にはもう真っ暗だった。
閉店に近い時間だったこともあり、
青塚食堂はお客さんも少なく静かだった。
義母と僕の嫁さんが
二人でおしゃべりをしながら食事をしている間、
義父と僕は黙々と食べた。
それはいつもと変わらない光景だった。
そして、食事も終わり、レジで精算している間に、
義父はひとり店を出て、駐車場に向かって歩いて行った。
僕らがあとから行くと、
義父は、真っ暗な駐車場に1台だけある僕の車の前で、
ポツンと立って夜空を見上げていた。
そして、義父母を乗せ、家へ帰った。
そして・・・・
それが、僕が義父を見た最後の姿になった。
数日後、義父は庭で冬囲いをしている最中に倒れ、
そのまま帰らぬ人となった。
あの時、ポツンとひとりで立っていた義父に
「おいしかったしょ」
ぐらいの声をかけておけば、と思う。
・・・もう遅い。
今年の春、義母を連れ、祝津の「にしん祭り」に行った。
祝津に行ったのはあの日以来だ。
串に刺さったにしんを炭火で焼いて食べた。
海辺では「石投げ選手権」が催され、
家族連れで大いに盛り上がっていた。
帰り際、青塚食堂の横を歩いた。
昼間の青塚食堂は、
あの日と違い、多くの観光客で賑わっていた。
(みょうてん)