喫茶店のナポリタン

昔、親父が言っていた言葉を思い出す。
「喫茶店で食ったナポリタンの味が忘れられない」

ゆとり世代真っただ中に生まれた僕は「喫茶店文化」を知らない。
コーヒーが飲みたければスターバックスに入るし、札幌のまちにはオシャレなパスタ屋もたくさんある。もちろんナポリタンなんて無骨なやつはメニューにいない。

そんな僕が大学に入って一軒の喫茶店に出会った。それが喫茶コロンビアだ。
花銀にあるこのお店は、商大からも小樽駅からも歩くには少し遠い。
初めて訪れたのは大学入学直後、どこかのサークルの新歓コンパだった。店の前まで来て「おいおい、喫茶店でやるのかよ」と少し訝しげに感じたことを今でも覚えている。
貸し切られた2階席はウッドベースの色合いの落ち着いた雰囲気。ひとつひとつの調度品にこだわりを感じた。料理も美味しい。量もある。持ち帰りもオーケー。なんだ、いい店じゃないか。

それから、たびたびコロンビアにはお世話になった。友人との食事、彼女とのデート、サークルの引退式もここだった。たくさんの笑いを涙がこの店には詰まっている。

しかし、ひとつだけやり残したことがあった。
「喫茶店で食ったナポリタンの味が忘れられない」
親父が自慢気に語る昔話の審議を、確かめに行くのだ。

その日、初めて僕は一人でコロンビアに入った。水を運んできた店員さんを呼び止める。頼むべきものはもう決まっている。

「ナポリタンひとつ」

料理が運ばれてくるまで、改めてメニューを眺めてみた。魅力的な名前が踊っている。食べ応えのあるご飯ものが良かったんじゃないか。最近肉食べてないな。そんなことを考えていたら、ナポリタンがやってきた。もう後戻りはできない。

オレンジに輝くナポリタンは抜群の存在感を放っていた。さっそく一口。なんてストレートな味付けだ。ごまかしの利かないシンプルな味付け。すごく正直で、どこか懐かしい雰囲気。

食後、コーヒーを飲みながら久しぶりに親父に電話をかけた。
「喫茶店のナポリタンはいいね」
遠い故郷、十勝に住む親父はどんなことを思っただろうか。

喫茶店のナポリタンと小樽はよく似ている。
手放しでベタ誉めするようなものではない。もっと着飾って見栄えのいいものなんて他にも転がっている。しかし、このなつかしさ、安心感はナポリタンじゃないと、小樽じゃないと出せない。心のどこかに染み付くこの魅力。

きっといつか、僕も子どもができたら言うだろう。
「喫茶店で食ったナポリタンの味が忘れられない」

(おずわるど)