旧大家倉庫、実は…。
浅草橋から眺める小樽運河は、小樽の観光スポットとして有名である。
そこから中央橋、さらに北運河の方へ散策路を歩けば、
にぎやかな雰囲気から一転、静かな雰囲気がただよい始める。
私たちを迎えるのは運河沿いに建つ歴史的建造物の数々。
運河周辺には石造倉庫が多く見られ、昔ながらの姿を残している。
明治時代、北前船が小樽の港に着港し、北陸の商人たちによって倉庫が建てられた。
彼らは、自分たちが運んできた品物をそこに保管していたのだった。
北前船主の残した遺産は、100年以上経った今でも、しっかりと原型を留めている。
それを代表する倉庫のひとつが「旧大家(おおいえ)倉庫」。
明治24年、石川県出身の海産商、大家七平によって建てられた。
木骨石造りである「旧大家倉庫」は、
迫力のある大きさと外壁によって堂々とそびえ立っているように感じられる。
入り口部分の二重アーチ、
越屋根という屋根の上にさらに小さな屋根を設けた形状、
「やましち」のしるし、
これらの特徴が印象的であった。
小樽市指定歴史的建造物にも選ばれ、観光資源として欠かせない存在となった倉庫だが
以前、地元の人から、こんな話を聞いたことがある。
明治時代、これだけの倉庫を建てるには、
それなりの富や財力を持っていなければできなかった。
つまり、倉庫の大きさは自分の豊かさを示すものでもあったらしい。
越屋根をつけることで、より高く見せているが、
実は普通の倉庫と変わらない一階建ての造り。
嘘か本当かはわからない。もしかしたら、その人の冗談だったのかもしれない。
だが、そんな人間らしいエピソードを聞いたとき、少し笑ってしまった。
小樽にいた商人と聞いても、その人自身を想像しがたいが、
彼らや雄大な倉庫も、どことなく身近に感じられるようになった。
北前船の活躍があり、今もなお様々な文化が引き継がれている。
しかし、その背景には商人たちの俗っぽさがあらわれていることを知ると、
また違った見方で小樽を楽しめるかもしれない。
(麻)