かすべ

kasube

「たまには小樽でじっくり飲もうぜ」
気の置けない仲間と話しているうちに、こういう話になった。

僕らは札幌に住んでいる。
たまに小樽に行くことがあっても、車で行ってしまうので、小樽で飲むことなんてほとんどない。

「行こうぜ、小樽へ」
結束は固まり、決行日は11月下旬と決まった。

 

僕は30数年前、学生時代を小樽で過ごした。
住んでいたのは花園1丁目のオンボロアパート。
玄関を出るとそこはもう繁華街、そんな場所だった。

あの頃、お金はなかったけど、たまには飲みに行っていた。
が、その頃のお店のほとんどが今はもうない。
ネットで調べ、「かすべ」に行くことにした。

 

当日は雪が降りそうなくらいに寒く、夕暮れ時に小樽駅に降り立った僕らは、震えながら花園町にある「かすべ」に向かって歩いた。

・・・そこは30数年前の僕が幾度となく歩いた道でもあった。

「かすべ」は僕が住んでいたオンボロアパートのすぐそばにあった。
それだも、あの頃と同じ道を歩くはずだ。

開店は17時。
僕らはその15分前に着き、お店が開くまで外で待った。
とっぷりと日が暮れ、辺りは真っ暗、看板すら見づらい。

だけど、僕が知っている30数年前の花園町はもっと明るかったはずだ。
いつからこうなったのだろう。

やがてお店が開いた。
「寒かったしょ、入りなさい」
ちょっとぶっきらぼうなご主人が、優しく迎えてくれた。

店に入った途端、僕はすっかり嬉しくなった。
そこにはあの頃の小樽があった。
僕はこういうお店で「じっくり」飲みたかったのだ。

僕らは店の奥にあったいい感じの座敷に座ろうとした。
が、ご主人に「こっち」と言われ、カウンターを案内された。
「予約でもあるんですか?」
と聞いたけど、そうでもないようだった。
僕らはよく分からないまま、カウンターに座った。

「いつからやってるんですか?」
「もう48年になるわ」
「えっ、僕、30年くらい前にすぐそこに住んでたんですよ。でも知らなかったなあ」
「そりゃ、あんた、モグリだわ」

こういう会話が嬉しい。

八角のルイベ、塩辛、かすべの煮こごり、トロイカ鍋、焼きおにぎり・・・
そして、あの何とも形容のし難い形の徳利から飲む熱燗。

「じっくり」飲む予定だったのに、全てが美味しくて、お酒が進む進む。
すっかり酔っ払い、何を食べたのか、正確には覚えていない。

とにかく、
「なまらうめーわ」
を連発してたはずだ。

やがて、ご主人の奥さんが僕らのほうへ来た。
もうね、明るくて気さくで「おばちゃん」と呼ぶのにふさわしい、かわいい人だった。

おばちゃんは話し上手で面白く、初めて来た店なのに、久しぶりに会ったみたいに話が弾んだ。
僕は酔いにまかせて「おばちゃん、おばちゃん」と言っていた。

その中で、おばちゃんがふと
「最近、足の調子が悪くってね」
とつぶやいた。

お料理を運ぶのもちょっとツライらしい。

そして、その話を聞いてハッとした。
僕らがお店に入った時に、ご主人がもごもごしながらも「カウンターへ」と言った意味が分かったからだ。

ちょっとぶっきらぼうに見えるご主人の優しさが心に沁みた。
実にカッコいい昭和の男なのだ。

 

すっかり暖まった僕らは
「絶対にまた来るから。おばちゃん、見送らなくていいから」
と言って、外に出た。

「来て良かった」

しみじみそう思いながら店を出て、僕らは改めて「かすべ」の看板を見上げた。
その看板の奥で、白い月が明るく輝いていた。

 

(みょうてん)