一つの風鈴

2009年の夏休み、札幌に住んでいる私は生まれて初めて小樽に行った。天気は晴天、しかしその時の気分は最悪だった。歩き続けて足は痛く、喉が渇いていたからだ。

『もう歩けない。おんぶして。』と我儘を言う。そんな私に罰が当たったのだろう。迷子になった。栄町通りでのことだ。

見知らぬ街で一人になった私はこのまま家族に会えないのかもしれないという不安が襲い、泣いた。迷子センターも見つからず、人見知りの私は誰にも話しかけることが出来ず、立ちすくんでいた。

すると、一人の女性が店から出てきて声をかけてくれた。きっとお店の人だったのだろう。そして、私に1つの風鈴をくれた。
それは、10cmくらいの桜の花びらが描かれているガラス製のもの。小樽の名品である、北一硝子でつくられたものだった。

風鈴を初めて見た私だったが、可愛い見た目やきれいな音からすぐに気に入って、嬉しくなりすぐに笑顔になった。そして女性は、そのまま私と色々話しながら、一緒に家族を探してくれた。家族と会った時には優しい笑顔で送ってくれ、兄の分の風鈴までくれた。

今となっては、なぜ、知らない子供にここまで親切にしてくれたかはわからない。小樽の温かい雰囲気が市民の人柄をつくったのだろうか。

自宅に帰ってきてから、すぐに窓際に風鈴をつるしてもらった。たった1つの風鈴が最悪の思い出を最高のものに変えた。小樽が大好きになったきっかけである。

これはたった30分くらいの出来事だったらしい。あれから11年たつが未だに同じ場所に風鈴はある。現在、女性が何をしているか、どのお店かも覚えていない。
しかし、毎年夏になると風に吹かれる風鈴の音でこの出来事を思い出す。そして、小樽に行きたくなる。きれいな街並みと温かい人を求めて。

(まお)


※本記事の内容は2020年8月時点の情報に基づいたものです。

写真:眞柄 利香