おたる政寿司

 小樽観光の中心地、小樽寿司屋通り。「おたる政寿司」はその中心的存在である。小樽寿司屋通り名店会は政寿司を含む5店舗で構成されている。しかし寿司屋通りと呼ばれる色内大通りから第一大通りまでの400mほどの間には、その5店の他に10店ほどの大小様々な寿司屋が、コバンザメのように軒を連ねている。

 おたる政寿司は、初代の故中村正之助氏が昭和13年(1938年)7月、現在の花園1丁目1番地にて創業している。現在の2代目中村全博氏は小樽を代表する経済人として、商工会議所、観光協会、環境団体等いろいろな団体の役員も勤めている。

 また、2代目の時代から規模を拡大し、小樽運河、東京銀座、新宿と店舗を広げ、さらに東南アジアのタイにも進出し、強い意志の下、小樽の寿司文化を世界中に広げている。

 中村全博社長は、自身の所属する小樽ライオンズクラブの仲間と共に、「皆来留バンド」というベンチャーズコピーバンドを結成している。自身はリードギターを担当し、メンバー全員会社社長という多忙の中でも、年に数回ライブを開催している。私も裏方として何度かお手伝いさせていただいている。

 中村社長は、首都圏や関西圏に物産展や自身の所属する団体、組織の会議等で出張する時、必ず愛用のギターをお供に小樽を旅立ち、ホテルで夜な夜な練習するほどのギターフリークでもある。と教えてくれたのは、前述バンドリーダーのリズムギター担当村瀬満さんだ。

 中村社長の二人の息子さんもそれぞれ職人として会社の取締役として、東京、小樽で辣腕を振るっている。また、職人の技術向上にも力を注ぎ、政寿司社内職人技術大会も開催し、本店内には入賞者の成績と優勝者写真が飾られている。

 また、政寿司出身職人がお店を開くときは、公私ともにいろいろな援助を行うことがよく知られている。職人の夢でもある一国一城の主となるのを後押ししてくれているということだ。

 近年解体されて新たにマンションが建設されてしまったが、エンペラーという大きなダンスホールを2フロアーのイベントホールとして造成した。そこでは通常の宴会、ダンスパーティー、ディスコパーティーのみならず、ライブや寿司握り体験会等を積極的に実施していた。

 握り体験は、小樽を訪れる修学旅行生にとても人気があった企画だった。また、私たちのライブ会場として定期的にお貸しいただき、大変お世話になっていた。

 おたる政寿司は、時代の流れに乗り、時に敏感に、時にゆったりと焦らずに対応し、小樽観光のトップランナーとして、小樽寿司文化発展向上のため走り続けている。

(斎藤仁)


※本記事の内容は2020年7月時点の情報に基づいたものです。