音のタイムマシン

子ども時代に少しだけ小樽に住んでいたことがある。
しかし、十数年が経ち高校生になった私は当時の記憶がほとんどなかった。

大学のオープンキャンパスの帰り、母にお土産を頼まれたので私は近くの堺町通りに向かった。お店の情報をチェックしながら何を買おうか考えていたその時。ちりん、という音を聞いた。

見ると店頭に並んでいる風鈴だとわかった。それがスイッチになった。観光客に人気のお土産通りだと思っていたこの通りは、小樽に住んでいた頃の散歩コースだったことを、ふっと思い出した。

おばあちゃんと歩いた日。入った硝子店で私は空色の風鈴をおねだりした。その音が心地よくて、ずっと聞いていたくて、「おとしたら割れちゃうよ」と言われても箱から出して、歩きながら息をふーふーと吹きかけていた。すれ違う人に「いいものもってるね」と声をかけられて得意げになっていた。

両親と歩いた日。買い物をしているとたくさんの人に声をかけられる。顔を覚えてくれて、会うたび挨拶をしてくれるおじさん。ベンチで隣に座ると飴をくれたおばさん。観光で来ていたであろうお姉さんたちは、目が合うと笑って手を振ってくれた。
両親はそんな人たちに「ありがとうございます」と返事をしていた。このときから私は「ありがとう」の温かさを知っていたような気がする。

懐かしい記憶と共に通りを進んでいくと、オルゴール堂が見えてきた。
そうだ、あの頃も散歩の最後にオルゴール堂前のからくり時計を見ていた。ぽーっぽーっという蒸気の音が「帰ろうか」の合図。家族と手をつないで、あたたかな陽を浴びながら家路につくのだ。

ここには、あの頃と変わらない音が溢れていた。風鈴の綺麗な音、賑わう人たちの声、外れたからくり時計の音。この通りにある音はあの頃に私を連れていってくれる。

そう感じていると買い物帰りの親子が向こうから歩いてきた。小さな女の子は私をじっと見つめている。私が笑って挨拶すると、女の子も「こんにちは!」と笑ってくれた。

(なつみ)


※本記事の内容は2020年8月時点の情報に基づいたものです。

写真:眞柄 利香