タイムスリップイン小樽

 ここは、平成では無い。初めて店に来た私は、滑らかな赤色のベロアを眺めながらふとこんなことを思った。年号が変わったのだから当たり前ではないかと思われるかもしれないが、そういうことでは無い。ここでは時間がとてもゆっくりと流れている。

 小樽の街に出るとき、私はレトロなワンピースを着たくなる。母のおさがりのワンピースを。過去にタイムスリップした気分で、生きたことのない時代に想いを馳せ、ひらひらと歩くのがたまらない。
 さて、ここは“タイムスリップスポット”のひとつ、あまとうだ。では私からちょこっとだけ、タイムスリップのコツを伝授しよう。
 そこに赴く前、レトロな服を着てみる。都会では少し浮いて見えるレトロさは、小樽では不思議と馴染む。ましてや派手に飾らず、昔の輝きを残した小樽の街並みにはそちらの方が似合っているのだ。
 そしてもう1つ。あっあまとうだ、と慌てて運河沿いの店舗に入ってはいけない。観光客の人混みを抜け出して一歩奥、都通りへ。年季を感じる金の「あまとう」の文字。そう、こっちこっち。あまとう本店に行かなくては。

 階段を上がり2階の喫茶へ。暖かい色の光を灯すシャンデリア、骨董品みたいなテーブルに、深みがかった赤色のベロアの床とソファ。レトロ風とかではなく、まるで昭和そのもの。ウキウキして思わず口角があがってしまうような、そんな気持ちにさせてくれる。
 不動の人気メニューはクリームぜんざい。だが私のお気に入りはヨーグルトパフェだ。真っ白なパフェの上にカットされたフルーツがちょこんと乗せられている。今時の凝ったパフェとは言えない見た目だが、これがまた素朴で良い。昭和には凝ったパフェなんて無いだろう。
 ひたすらに真っ白なパフェはどれがソフトクリームで、何が生クリームで、どの部分がヨーグルト味なのかよくわからない。しかし優しい甘酸っぱさと、コクがあるのにスッキリした上品な味に、スプーンが止まらない。毎回うっとりしているうちに、気づけばグラスが空っぽになっているもんで、困る。

 「昔お父さんと小樽へデートに来たとき、なるとで半身揚げ食べた後にあまとうでパフェ食べたら2人ともお腹一杯で動けなくなっちゃってね」と母が教えてくれたのを思い出した。そうか、昭和4年に創業以来80年もこの地で営業しているんだもの。両親が私くらいの歳の時にも、本当に今と変わらずにあったんだ。

 タイムスリップした私は空いたグラスの向こうに、私にくれたワンピースを着ている若かりし母と、向かい合って微笑んでいる父を見たような気がした。
 大正・昭和の面影をあちこちに残した、情緒あるまち小樽で、みなさんもお気に入りの“タイムスリップスポット”を是非見つけてみてほしいと思います。

(たち子)


※本記事の内容は2019年7月時点の情報に基づいたものです。