龍宮神社と榎本武揚

 龍宮神社はJR小樽駅より徒歩4分のところに位置しています。神社のすぐそばを電車が通り、とても風情があります。海の神様・五穀豊穣・疫病除け・学問の神様として信仰が篤い神社です。

 明治初期、新天地に夢を抱いた人々がはるばる北海道を訪れるようになっていました。
 箱館戦争を起こしたことによって牢屋に入れられていた榎本武揚という人物は、出獄後、真っ先に小樽の地に目をつけていました。なぜなら小樽は、ロシアとの貿易によって物資の集積地になると考えられたからです。
 そのため、ロシアに駐露公使として派遣された際には現地の河口で水質調査を行ったり、帰国後に石狩川や小樽港の水路調査を行ったりなど、積極的に小樽の都市開発に携わっていました。

 神社が建立される前、所在地である稲穂町はアイヌ民族の祭場であり、「イナホ」を立てて祭事を行っていました。「イナホ」とは木片を削って祭具として用いたものであり、アイヌ語で「神」を意味します。このことから神社の所在地周辺を稲穂町と呼ぶようになりました。稲穂町はもともと榎本武揚と北垣国道という人物の所有地でしたが、明治9年に国有地として払い下げられました。

 龍宮神社の内部には『松前神楽』が奉奏されていて、これは平成30年3月8日に国の重要無形民俗文化財に指定されました。きらびやかな装飾で厳かな雰囲気が感じられます。
 そのほかに、「北海鎮護」ときれいな字で書かれた大きな書が壁に飾られています。この書は榎本武揚が書いたものであり、書の下には榎本武揚の肖像画も飾られています。また、「龍宮殿」と刻まれた木彫りの書も飾られていますが、これを書いた有栖川宮熾仁親王は、かつて榎本武揚と争っていた人物です。対抗していた2人の人物の書が並んでいることも非常に趣があります。

(シャチ)


※本記事の内容は2018年7月時点の情報に基づいたものです。