なつかしの香り

北運河のゆったりとした小道を過ぎる と、急に傾斜が険しい坂道になる。その道を登りきったところに、手宮公園はある。

大学に入学して間もない、葉桜になる季節のことであった。「サクラを見たい。」と言って彼を誘い出したはいいものの、その日は風が特に強かった。いつもよりすこし気合いを入れてセットした髪を気にする余裕はすぐになくなった。

こんな風ならサクラの花びらはかなり散ってしまっているだろう。そう思いつつも、ちゃんとしたデートははじめてであったため、今さら計画を変更することもできずに公園へ向かう。あまりにも強い風に、思わず笑ってしまうほどだ。

ふたりでひゃーひゃー言いながら、なんとか公園にたどり着く。すこし登ると、遊具があるようだった。そこでなつかしい遊具を見つけた。

グローブジャングルジム、ぐるぐる回転するタイプのジャングルジムである。
子供のころ通っていた幼稚園のグラウンドにあり、大好きだった。友達が力の限り回すので、必死に遊具につかまってスリルを楽しんでいたものである。自分が回す側になると、乗っている人を怖がらせようと力を振り絞って懸命に回した。

最近では幼児の怪我や事故が増えたことから公園でもなかなか見かけなくなってしまった。なんとなく心に隙間ができたような、寂しさを感じる。

テンションが上がったわたしたちは5歳児に戻ったかのようにその遊具ではしゃいだ。この歳になっても、楽しいものは楽しいのだ。何も考えずに無邪気に遊んでいた自分を思い出すことができたよい時間であった。

公園の道を先に進むと、突然急斜面一面のサクラの木が現れた。案の定、桜は少し散りかけていたが、見応えは充分である。風もいくぶん弱まっていた。高台に行ってみると、小樽の街並みが一望できた。なぜか、ここは私の故郷であるような気がした。

わたしたちのはじまりであるこの場所の空気は、この先ずっと忘れることはないだろう。

(あいうえお)