天才バイオリン少女

 このかわいらしい少女の写真を見て、ピンとくる方もいるのではないかと思うが・・・。
 この少女は女優の鰐淵晴子さんが8歳の時、小樽で撮った写真なのである。

 鰐淵晴子さんは、小学2年だった昭和28年(1953年)、小樽を訪れている。この写真はその時の物を、見延庄三郎さんからお借りしたものだ。

 少々解説させていただくと、北海道通運の社長だった見延庄三郎さんが、自身が年男だった2年前、年頭卓話の中でこんな話しをされたことがあった。

 「みなさんは鰐淵晴子さんをご存じですか、私は彼女と彼女の妹の二人の家庭教師をしていたことがあるんです・・・・」

 見延さんは慶応の学生時代、ワグネル・ソサィエティーという学生オーケストラに所属していた。パートはバイオリン。本人曰く、音楽の才能はまったくなかった等々・・・。

 見延さんは、NHK交響楽団のコンサートマスターだった晴子さんのお父さん、鰐淵賢舟先生に個人レッスンを受けていたというのだ。当時学生でお金が無かったので、二人の娘さんの家庭教師をする事で、レッスン代を充当してもらっていた・・・。

 こんな内容の卓話だった。才能のない学生に、N響のコンサートマスターがバイオリンを指導するはずはない、ましてやほとんど無料でである・・・、才能ナシと言われているが、それはあくまで謙遜であると私は思うのである・・・。

 さて、3歳からバイオリンの英才教育を受けていた晴子さんが、8歳の時全国を演奏旅行する事になり、北海道地区担当を見延さんが全面的に任されてしまったというのだ。行程、演奏会場、宿の手配等、任された仕事は多岐にわたったと述懐されていた。

 小樽では花園小学校の体育館でコンサートは行われ、立錐の余地もないとはこんな事を言うのかと思わんばかりの、黒山の人だかりの写真を見せていただいた。

 小樽のみならず、札幌では大通小学校体育館など全道各地で大変な歓待を受け、全国演奏旅行は大成功を収めた。

 今回の写真、隣りに写っているのは、年子の妹朗子(あきこ)さんだ。ご両親、そして見延さんのようなお付きのお弟子さん達が一緒に写真に納まっているのもあったのだが、この写真を選択させていただいた・・・。

  

(斎藤仁)