一期一会

 小樽に通い始めて3年、私にはずっと気になっている場所があった。

 初めて通りがかったのは1年生の頃だったと思う。サンモール商店街の一角、入り口にはオレンジに灯るちょうちん。看板には「おたる屋台村」の文字。ちょうちんのオレンジ色のせいか温かみを感じるそこは、小さな飲み屋街だった。当時まだ19歳だった私は、「成人したら絶対にあの場所に行くんだ」とそこを通るたびに思っていた。

 2年後、ついにその機会がやってきた。同じくあの場所が気になっていた同期の友人と飲みに行くことになったのだ。授業を終えて夕闇が深まってきたころ、大学の前で待ち合わせてサンモール商店街の方へと歩く。ずっと憧れていた場所に足を踏み入れると、そこには小さな居酒屋がずらりと並んでいた。全部で10軒くらいだったと思う。その秘密の通路のような道幅の狭さに、とてもわくわくしたのを覚えている。

 ああでもないこうでもない、と店の前を往復し、ここにしよう、と扉を開けて入ったのは、コの字型のカウンターに席が8つばかりおいてある小さな店。中にいたのは女性客が一人と、店主らしき妙齢の女性の二人だけだった。私たちは端の席についてビールを頼み、料理をちびちびとつまみながら最近思うことや悩みなんかを話していた。テレビから流れる音声が程よいBGMになり、美味しい料理とお酒のおかげで話も進む。大学の話からサークルの話、恋愛の話までなんでもありだ。

 ふと、「二人とも商大生かい?」と店主に聞かれた。そうです、と答えると「最近はこのあたりに来る商大生が少ないんだよね」、とぼやいていた。確かに大学を出て小樽駅へ帰る道からするとこの場所は少し遠い。けれど、こんな居心地のいい場所を知らないなんてもったいないな、と話を聞きながら思った。

 確か2杯目を飲み終えるくらいだったと思う。扉が開き、中年の男性が一人入ってきた。コの字のちょうど縦棒のあたりに座った男性は「学生かい?」と私たちに話しかけてきた。どうやら男性は出張のため、本州から海を越えてはるばる小樽までやってきたらしい。仕事の終わりに一杯飲みたくなり、立ち寄ったのだそうだ。

 それからの店内は小さな飲み会のようになった。皆がいろんな話をした。私たちが通う学校の話、男性の仕事の話、店主の波乱万丈な人生の話。ちょっとだけ人生相談に乗ってもらったりもした。私はふと、「今この場所でみんなと笑っていることって、もしかしてすごい事なのかもしれない」と思った。だって、もし友人と遊びに行く予定が1日ずれていたとしたら、今一緒に飲んでいる人たちと出会い、笑いながら話をすることは絶対になかったのだ。「一期一会」という言葉が身に染みた瞬間だった。

 帰り際、「ごちそう様でした」というと、「またおいで」と言ってくれた。次に行くときはどんな「一期一会」が待っているのだろうか。

(JN)