砂留バイパス

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 小樽市民はバイパスというと、高速の札樽道を指すことが多い。
 「札幌行くのにバイパス乗って行くかい?」
 「いや、時間あるから下(国道)(5号線)通って行くわ」
 まあこんな感じの使い方だろうか。

 通常バイパスと称する道路は、一般道を短縮、迂回する道路の事で、高速道路を指すことは余りないようだ。そういう意味では、札樽バイパスは間違った使い方かもしれない。

 さて、小樽には本物のバイパスである、稲北交差点からオタモイまでの長橋バイパスがあるが、さらにもう一つ、砂留バイパスという道路がある。それを知ったのは免許取り立ての昭和50年代、父親の運転手をさせられた時のことだった。

 「仁、国道混んでいるから、砂留バイパス抜けていけ」
 「砂留バイパス???そんな道路あるの???」

 バイパスというからには、札樽バイパスを想像し、それなりに立派な道路があるのだと思いながら、父親の指示に従い走っていた。

 緑第一大通りから社会保険事務所の交差点を曲がり、駅裏の富岡町から船見坂を抜け、対向車に注意しながら線路と並行に砂留踏切までの裏道である。

 「これが砂留バイパスかい???」
 「そうだ、近道だからバイパスだ、みんなそう呼んでいるぞ」
 と免許を持っていない父親が、誰かからの聞きかじりを自慢げに話していた。私は、バイパスというよりは、単なる細い道路、裏道だなと思ったものだった・・・。それは今も変わらないが・・・。

 また当時は、今と違い砂留踏切までしか道路が無く、とにかく一旦国道に出なければならなかった。ただ、すぐ余市側にもう一つ踏切があり、そこを渡ると長橋の端まで、線路、国道と平行に簡易舗装の道路が走っていた。

 当時の海水浴シーズンの渋滞はとても大変だった。カーエアコン装着車も珍しかった時代、この砂留バイパスを抜け、すぐ次の踏切を渡り、渋滞している車を尻目に、長橋の端までたどり着くことが、なんと爽快だったことか!!!
 今の人たちには味わえない至福のひと時だったのだ。

(斎藤仁)