市場のおまけ

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小樽で一人暮らしをはじめてからと言うものの、家で魚を食べるということはめっきり減っていた。
魚は肉に比べてゴミとなってしまう部分が多く、しかも一人暮らしの狭い部屋で魚を焼こうものなら、その臭いが部屋中に染み付いてしまう。
加えて魚焼きグリルの掃除が面倒くさい。

だが、その日はどういうわけか、無性に焼き魚が食べたかった。

私は魚を求めて、アパートの近くの市場へ向かった。
せっかく魚を食べるのなら、普段のスーパーで買うよりも市場のほうが良い。

その市場へ行くのは、その時が初めてではなかった。
以前に一度だけ、みそ汁に入れるアサリを買いに行ったことがある。
少しだけ魚屋のおばあさんと会話を交わしたことを思い出した。一人暮らしで自炊をしていることを褒められ、少しおまけしてくれたことを覚えている。

その日の店番もあの時のおばあさんだった。
少し気分が高まったが、私が前回利用したのはずいぶんと前のことだ。私のことなど覚えていないだろう。
特に挨拶もせずに、私は「ほっけの開きを下さい」と言った。
するとそのおばあさんはにっこりと笑って、こう答えた。
「アサリのみそ汁の子だね」

私はなんとも嬉しいような恥ずかしいような気持ちになりながら「そうです」と応じ、この前買ったアサリで作ったみそ汁は、それは美味しく出来たということを伝えた。
おばあさんはまたにっこりと笑って、
「じゃあ、今日もおまけしてあげるね」
と、宗八カレイを2匹、ほっけの開きと一緒に袋に入れて渡してくれた。

市場を後にしたとき、私の心は弾んでいた。
おまけをもらったことももちろん嬉しかったが、それ以上に私のことを覚えていてくれたことに感激した。
普段のスーパーで買い物をしたときには、まずもって味わえない感覚だ。
私は久しぶりの焼き魚の味を想像しながら、ほくほく顔で帰路へついた。
今度市場へ行ったときには、この焼き魚の感想を伝えよう。

(ぬるぬるシンバル)