空がみえない

rainbow

「空が見えないんだよね、東京って。」
娘の口から出た言葉は私にはとても意外だった。東京で暮らしたいがために、東京の大学に進学した娘の言葉とは思えなかった。

大学4年生になった娘が帰省した時に、就職の事が話題になった。親と言うものは、子どもが卒業まで後一年という年になるとあれこれ心配になるのである。中学3年生の時はどの高校に進学するのか、高校3年生の時はこの先何がやりたいのか。そういえば娘が高校3年生の時は「東京の大学に行く!」と言いだして、親も腹をくくったのだった。

そんな事を思い出しつつ私は娘に言った。
「高校生の時は本当に東京に行きたがってたよね。」
「うん。でも、やっぱり北海道がいいや。」と娘。
「えっ?東京で就職するんじゃないの?」
「就職は東京でするよ。でもね、一生東京で暮らすって言うのはないわ。」
「なぜ北海道がいいの?あれだけ東京に住みたいって言ってたのに。」
「うん。空が見えないんだよね、東京って。ほら、ここって窓からでも空が見えるでしょ。」

本当に東京では空が見えないのか、もちろんそうではない。
住宅街のアパートに暮らしていた娘には空が見えないように感じたのだろうか。あるいは忙しくて空を見上げる暇もなかったのだろうか。

物理的に東京で空が見えない訳ではないが、私も小樽に来てから空が広く見えるようになった気がする。それに、確かに小樽に来てからよく虹を見かけるようになった。
朝の通勤中、バスの中から何度か虹を見た事もある。東京都心の電車の中ではビルに阻まれて見えないかもしれない。もしかしたら虹が出ている事すら気がつかないのかもしれない。
小樽では雪が降る冬に虹はほとんど見えない。春になって雨が降るようになると、運が良ければ雨上がりの朝や夕方に虹が見える。虹は春の訪れを知らせているのかもしれない。

何歳になっても虹を見ると子どものように気持ちがワクワクする。子どもの頃に見た映画「オズの魔法使い」の主題歌”Over the Rainbow〜虹の彼方に〜”が必ず頭の中に流れてくる。そして、「娘は最近虹なんて見た事があるのだろうか?」とふと思う。

娘の大学が発行したある冊子に彼女のプロフィールが載っていた。そこには「北海道をこよなく愛する」と記されていた。
それを読んだ私は「ふ〜ん…」とつぶやきながらも、心の底ではとても嬉しかった。
住んでみなければ分からない小樽の良さは、離れてみなければ分からない良さでもあったようだ。

(まがらりか)