廃屋のお宝〜想い出は時を越えて

angel_chime

2013年の3月15日から4月14日まで、小樽市祝津にある旧青山別邸貴賓館にて、「やなせたかしの世界展」が行われた。

やなせたかし氏自身がデザインした、古いチャイムをわたしは持っていた。展覧会に寄贈しようと思ったのだが、当時どこにしまい込んだのか結局わからなかった。そしてこの年の10月13日、やなせたかし氏は94歳の天寿を全うされた。ちょうどこの頃、探していたチャイムが見つかった。なんという偶然だろう!

今から何年前か思い出せないが、確か中学生の頃だっただろうか。
わたしは父に誘われ、入船2丁目にある大きな廃屋へと潜入した。
具体的に場所はどこか思い出せないが、入船市場の横の界隈か、岡本青果店の斜め裏あたりだったと思う。

なぜ父と潜入したのかって?父は日曜大工が趣味で、古い廃材や家具のパーツを取りに入ったのだ。
父の知人の方が手引きをしてくださり、正面に二つある玄関のうち奥まった暗い玄関から潜入すると、すぐに湿気ったような、くすんだような臭いがわたしの鼻を突く。
入ってすぐに二階へ上る。上ったところに長いL字型の廊下があり、廊下の片側に部屋が複数並んでいた。廊下のもう片側は窓で、差し込む西日がわたしの体を熱くする。
父が廃材を物色しているあいだ、わたしは開く部屋を一つ一つのぞいていた。
ここは貸間か下宿式アパートだったと見え、一部屋一部屋おもむきが違っていたのを楽しみつつ覗き込む。

そんな時だった。優しい音色に驚きドアを見ると、昔絵本で見たようなデザインのチャイムが、くすんだビニール袋に入ってぶら下がっていた。
チャイムを外してよくよく見ると、「やなせたかし」のサインがある。
イラストには、天使が歌を歌いながら街の上空で、チャイムを鳴らしている図が描かれ、“ANGEL CHIME”と2カ所に書かれていた。歌の歌詞もあった。

 かなしいひとに リンルンロン
 うれしいひとに リンルンロン
 やさしくなるなる 天使のチャイム

わたしは何ともいえない気持ちになり、このチャイムを持ち帰ろうと決めた。

ほどなくして一階へと下り、入った時と違う廊下を通り出口へと向かう。立派な床の間のある白い和室と、くすんだタンスその他の家具を横目に見ながら歩く。
「ここは大家さんが住んでいたのだろうか?」と思いつつ、この廃屋を後にした。
このとき見た光景は、わたしの脳裏に鮮烈なインパクトを残した。

高校生になってからは、「いつか小樽の街中の、古くて趣のある貸間かアパートで一人暮らしをしたい。」という思いが頭をもたげ、下校の折には稲穂・花園・入船・山田・東雲エリアで古いアパートがないか路地裏をうろついては、そこに住んでいる自分を想像しては、古いアパートを外から眺めることを繰り返していた。

実際一人暮らしが叶ったのは、小樽ではなく札幌でだったが、その際にはやはり、玄関・トイレ共同の部屋を借り、銭湯へと通う生活を何のためらいもなく選んだものだ。
知人はそんなわたしを「風流人」と呼んだ。

それから9年後、32歳で結婚したときに新居を決めたが、妻は明るく綺麗な内装の部屋が好みだったことと、これからするかもしれない子育てのことを考え、天狗山麓に白い内壁のアパートを借りた。風流へのこだわりはもう諦めざるを得なかったのだ。

ほどなく長男が生まれ、しばらくしてもう一度引っ越しをして今に至る。
そして今年の1月末に次男が生まれ、今は8歳になった長男がこのANGEL CHIMEで弟をあやす。解体間近の廃屋から救い出したこのチャイム、最高に良い音色のガラガラとして未だに現役になりえた。

これからも大事にしたい。やなせたかしさんが遺してくれた、このやさしいお宝を。

(轟 拓未)