日本銀行旧小樽支店
北のウォール街に燦然と鎮座する、日本銀行旧小樽支店(現金融資料館)は、私の憧れの建物である。憧れの原点は、屋根にいくつもあるルネッサンス様式の望楼である。子供の頃、いつかあそこに上ってみたいと思ったものだった。市道浅草線に面するここは、近年「日銀通り」と称し、市民、観光客に親しまれているのはご存知の通りだ。
日本銀行は銀行の銀行だと中学社会で習っていたので、普通の銀行、郵便局のように、気楽に入り、通帳を作る事が叶わないのはわかっていた。また、あの重々しい扉は「お前には、まだ早い」と言っているようにも見えて、いまだあの玄関からは、入っていない。
ここの歴史を少々振り返ると、1909年(明治42年)7月に着工し、1912年(明治45年)7月に落成している。既に100年を優に越えている。東京駅、日本銀行本店等を設計した辰野金吾博士の作品であることは有名だ。
同期のライバル佐立七次郎博士の設計した、旧日本郵船小樽支店が豪華に1907年(明治40年)に落成された後であるので、意匠などかなり意識したものと推察できる。
辰野氏の作品は多く現存しているということで、国の重要文化財には指定されてはいないが、小樽市指定有形文化財と日本の近代遺産50選に指定されている。重文指定の旧日本郵船小樽支店に負けず劣らずの近代洋風建築物としての価値がある。
小樽支店から小樽出張所に格下げになっていた1999年(平成11年)、青年会議所北海道地区大会が小樽で開催された。全道より2000名余りのお客様を迎える一大イベントであったのだが、私も一会員として、大会開催日前日のエクスカーション(オプション小旅行)の企画、運営を担当した。
ガラスコップ作成、オルゴール作成、オタモイ海岸探検ツアーなどと共に、当時ほとんど一般公開されていなかった、日銀小樽出張所館内見学を、企画立案した。日銀の広報担当者からは、望楼に上るための人数制限などいくつかのお願いはされたが、快く受諾いただいた。
残念ながら、申込はゼロでいまだ私の望楼ツアーは実現していない。
一昨年、創建100周年の記念事業として、耐震を含めた大復元工事が実施された。建物すべてに鉄骨のテントを被せ、約1年間その姿を隠すこととなった。防水工事を担当された、札幌の業者さんからの聞きかじりだが、当時の鉄筋コンクリート、レンガの中に、外観をまったく変えずに耐震設備をしたという。そういう技術を日本のゼネコンは持っていると驚いていた。
今は創建時の姿で、威風堂々北のウォール街を見つめている。さて、今年こそは望楼に上ってみようと思う。
(斎藤仁)