雲の上

私は雲の上に立ったことがある。

5月のある日、私は登山をしていた。登ったのは塩谷駅の近くにある丸山という山だ。塩谷駅は小樽駅のとなり駅であり、春から秋にかけて丸山の登山客が降りる。丸山の標高は約600m、東京スカイツリー程度の高さで、2時間ほどで往復できる低山だ。

その日は悪天候のためか、登山道で誰一人見かけることはなかった。好天候の際はいつも子ども連れの家族やお年寄りなど多様な登山客を見かけるが、雨が降り山には霧がかかっている中で登山しようとする者は私しかいなかった。

雨で道はぬかるみ、何度も転んで泥にまみれた。そのうえ霧で視界は悪く、登山をするには危険な日だった。それでも登り続けるのには理由があった。私は悩みがあるときに登山をする。その日もちょっとした悩みを抱えていたので、静かな場所に行きたくて登山をはじめた。誰もいないのは好都合だった。

中腹を超えたとき、私は霧の中で不思議な光景を見た。先ほどまでには上から下に降っていたはずの雨粒がふわりと空中に浮いて漂っていて、横へと風に流されながら大量に浮遊していた。普段の霧と違う光景に驚いたが、初めて見たこの不思議な光景をひとり占めできることが少しうれしく思った。

その後も私は登り続けなんとか頂上に着いたが、霧で周りは何も見えなかった。いつもは見えるはずの山々も、遠くの小さな街も、立っている崖の下にある草原さえも見えなかった。頂上にはいまだに雪が残っているためにただ寒いと感じるだけだった。景色を眺めることをあきらめて帰ろうとしたその時、急に冷たい風が吹いて霧が吹き飛んだ。日差しが差し込んで視界が晴れると、私の足元には雲があった。

そこには雲の上側があった。目の前には雲海がどこまでも続いていて、雲と空の間には水平線のような境目があった。驚き振り返ると、私の登ってきた道は雲の中に飲み込まれていた。その時、先ほど私は霧の中ではなく雲の中にいたのだと初めて気が付いた。雲の上にいるためか、真上の太陽がいつもより眩しく近くに感じた。

私は雲の上に立っていた。目の前の光景に、私の小さな悩みなど既に吹き飛んでいた。

(Lo)