思い出のカクテル
ここは小樽市色内町。運河のそばの曲がり角を曲がれば、目的地はすぐそこにあった。辺りの店はほとんど看板を下ろし、周りの家々はカーテンを閉め夜の静寂を迎える。そんな町の中に佇むこの店の名は、「Orange Otaru」。
ここは私が大学生活の中で最もよくお酒を飲みに来る店である。
橙色の看板の下、木製の扉を開ければ、そこにはカオスな空間が広がっていた。思わず探検したくなるような、童心をくすぐる内装もさることながら、店内に置いてある小物もしっちゃかめっちゃかだ。
まねき猫、異国の民族楽器や帽子、薬局でよく見かけるカエルの置物、ビールサーバーに抱き着くコアラの人形、矢吹丈と力石のフィギュア(また不思議なことに二人は仲良く寄り添っている)……。
「別世界みたい」――初めてこの店に足を踏み入れた私はそう感じたのをよく覚えている。
このバーは他の飲み屋とは違う。そう思ったのは、棚に並ぶ酒瓶の種類や、マスターのカクテルの作り方からだった。
それまでの私は、お酒を飲むと言えば大学生御用達の安い居酒屋かカラオケで、味も深く考えずに喉に流す、という感じだった。
しかしこの店の棚やメニューには見たこともないようなボトルやカクテルの名前がずらりと並んでいる。氷をステアリングし、リキュールを混ぜ、シェイカーを振り、足の高いグラスに注ぐ……その一連の動作を、私はいつの間にか目を輝かせて見つめていた。
出来上がったのは鮮やかなピンク色のカクテル。グラスを持って一口飲むと、衝撃を受けた。フルーツの爽やかな甘みが、キリっとしたウォッカとバランス良く混ざり合っている。今まで飲んでいたカクテルとは違う。甘いだけじゃない。苦いだけじゃない。全てが調和した、一つの作品のようなカクテルだった。
大学の勉強では決して得られない世界がこんなにも近くにあった。私はその時「このお店のカクテルやお酒を全種類飲んでみたい」とひそかな野望を抱いたのだが、そんな私は今、この店のアルバイトとして日々見知らぬお酒と出会いながらお客様にカクテルを提供している。
ちなみにあのとき衝撃を受けたカクテルは、「ディスティニー」。カクテル言葉は、永遠の出会い。「またそれ飲むの?」――マスターに苦笑いされながらそう言われると、なんとなく嬉しくなる。
(神野真由)