崖の上のパン屋
絶景。まさにそんな言葉が似合う。
海を望む忍路の道路沿い、車がすれ違えないような崖の上にパン屋「Aigues Vives(エグ・ヴィヴ)」はひっそりと建っている。
商大生として恥ずかしながら、「おしょろ」という地名が聞きなれなかった。漢字で「忍路」と書くことを知って驚き、そこに有名なパン屋があることを知ってまた驚いた。そんなに美味しいならば、なぜ人口350人ほどの小さな地域で留まっているのか不思議でならなかったが、先日ゼミの仲間たちと立ち寄る機会があった。
店舗は普通の住宅を改装したような感じ。人気のパン屋と聞いて、勝手にオシャレなイメージを持っていた僕はすこし拍子抜けだった。店内に入ってさらにびっくり。狭い。僕たちの集団に加えてお客さんが数人きただけでぎゅうぎゅうになってしまった。自分の番が近づいてきて、ようやくゆっくりと店内とパンを眺める。こじんまりしていて、どこかあたたかい雰囲気。どこかで感じたことがあるような…そうだ、これは紛れもなく小樽の店の雰囲気だ。
話を聞いてみると、僕たち以外のお客さんは地元の方だった。味ももちろんだが、このあたたかい雰囲気が好きでよく通っているという。地元客に愛されるお店。購入前から好印象だ。品数も多く、手書きの商品名が書かれたカードもかわいい。散々迷ったあげく、クロワッサンとパンオショコラを購入。優しそうなご主人に対応していただいた。外に出て、海を望みながらクロワッサンをひとくち。うまい!人気が出るのも納得の味である。美味しいんだけど気取りすぎない、素朴な味。なぜだか母の手料理を思い出す。
古くから小樽に店を構える飲食店は、どれも共通して「なつかしい」雰囲気をまとっている。単なる観光地では感じられない歴史の重みがそこにはある。店内に刻まれた商大生の軌跡、ご主人が守る職人の味。この店のパンにはそれに通じるものがあった。
札幌の友人に「今度小樽に行くんだけど、いい店知らない?」と聞かれることは多い。僕はそんな時に、決まって観光街の有名店は勧めないようにしている。路地に一本入れば、崖を登れば、そこには本当の小樽の「あたたかい」味があると知っているから。このお店も、そのリストの仲間入りだ。
(おずわるど)